閉店考

利用していた店が相次いで閉店してしまった。おりからの新型コロナ禍の影響だと言ってしまえばこの話は終わってしまうのだけれど。

一店目は、毎週日曜日に昼食としてセーグル・フリュイというパンを買っていた京都駅のスバコにあったブルディガラ。もう閉店しちゃったから名前は出すけれど。何年か前の改装前は円形の店舗にたくさんの美味しそうなパンが並び盛況だった。改装後は伊勢丹に店舗が移りスバコ側は販売だけの小さな店になってしまった。利用する側としては、セーグル・フリュイが買えれば問題はなく毎週スタンプを押してもらうのも楽しみの一つとしてせっせと通っていた。それがコロナ禍で日曜の朝の営業時間が遅い時間帯になり通勤時間には買えない状態が続いた。それでもあの味が忘れられず伊勢丹側の店舗へ帰りに寄って「セーグル・フリュイください」と。若い女性のアルバイト店員。「はい」と渡されたモノがいつものより一回り小さかった。「あれ?これちょっと小さいんですけど?」あきらかに小さいセーグル・フリュイ。何ヶ月も食べられなくてやっと手にしたのに。「そんなことありませんよ」とアルバイト店員は請け合うことはなく頑なだった。仕方なくその小さなセーグル・フリュイを複雑な思いで持って帰る。それでもまた行こうと思って伊勢丹に寄ったら様子が一変。閉店していたのだ。そのうちスバコ店にも張り紙で9月29日で閉店と出た。もう一度セーグルフリュイを食べたいと思って帰りに寄るが売り切れで買えず、やっと買えた日。「閉店なさるんですね、残念です…」と、もう押してもらっても引き換え出来ないスタンプカードを出してなんとは無しにアルバイトさんに言った。「大阪にもありますから」と素っ気ない。通勤途中にあって便利だから買っている勤め人に大阪まで来いという口調。このときも複雑な気持ちで商品をかばんに入れた…。

もう一つは京都駅CUBEにあった店。極端に肌が弱いので季節の変わり目の皮膚科通いは欠かせない。そんな肌の為に使っているスキンクリームを売っていた店の話。スチームクリームというのだが、入れ物の缶のデザインがたくさんあって選ぶのが楽しい。ただ、もうその空き缶が家に20個くらいころがり出すとデザインはいいから中身だけ欲しくなる。それに結構高い。店に行くたびに「これ量り売りしてくれませんか?」と問うのだが「殺菌の関係があってだめなんです」と素っ気ない。殺菌が必要なら入れ物を買って量り売りのときに都度交換してくれたらいいのに、そうすればエコにもなるし…などと思ってもみたがもちろんだめ。「会員になってくれませんか」と言われて入ってみたものの送られてくる3っつ買ったら送料無料とかの広告。殺菌しないといかんのに3っつも使ってたら新鮮さが削がれやしないか?とツッコミたくなる。そんな不満もあってしばらく買わずに居ていよいよこの秋、肌がカサカサになってCUBEへ。無い。どこにも。下着のワゴンセールの会場になっていた。念の為「あの~スチームクリームのお店は?」「あそこにあったんですけれど、閉店されました」と。

お店というのはオペレーションが全てなのだと思う。どちらも商品は抜群に良かった。パン屋のアルバイト…とブルディガラのオーナーは侮っていたのではないか。セーグル・フリュイという一回では覚えられない商品名を名指しで買いに来るヘビーユーザーに「小さい」というクレームを聞き取れなかったこと。残念だというファンからのラブコールに大阪まで買いに来いと憮然と返答した店員。彼女たち、閉店を前に荒れた気持ちだったのかもしれないがあの対応にはがっかりした。商品が良かっただけに惜しい。

スチームクリームのお姉さんも長年使い続けていて、家にスヌーピーやら英国国旗やらの缶が棄てられずに何十個も持っている顧客の気持ちに寄り添う気持ちがあればファンも増えただろうに。ものづくりと販売は別物ではない。販売の声がものづくりに、ものづくりの技術が販売にと相互関係がなければモノの命を永らえさすことは出来ない。

二つの閉店を見て、店の継続というのは商品と共に顧客を納得させられるオペレーションがあってこそなのだと改めて認識した。

今年は大津祭が開催されず提灯が痛々しかった
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