1968年

高田、土井、王、長島、柴田、末次、森、高橋一三、黒江。

藤田平、西園寺、遠井、カークランド、藤井、小玉、吉田義男、辻、そして江夏。

これは1968年の巨人と阪神の先発メンバーである。僕らは8歳で小学校3年。テレビでは東大安田講堂で全学連が闘っていたころ。

『牙』~江夏豊とその次代~ 後藤正治著を読む。昔のメモを読み返していたらこの書名がなぐり書きされてあった。きっと何かを見てて走り書きしたのだろう。気になって探して読むと懐かしい名前がいっぱい。僕らの時代は野球と云えば巨人でしかなかった。当時僕は大阪の守口に住んでいて父は阪神タイガースファンだったと思うがテレビはいつも巨人戦しか写っていなかった。スリーアウトになると大村崑がオロナミンCのCMにでてたころ。

そんなふうだったが江夏は知っていた。なんだかでかい投手だなということと、当時持っていた野球人名鑑に「ONといえども真っ向勝負」と書いてあったのを思い出す。彼の阪神時代9年間の軌跡が克明に描かれていた。兄弟3人は皆父親が違っていたこと、末っ子の彼が物心ついた頃には父親はどこかへ行ってしまっていたこと。寂しがりやだったこと。デットボールは極端に少なく、王にはただのひとつも与えていなかったこと。直球とカーブしか投げられなかったがコントロールと組み立てが滅法強かったこと。その背景には努力があって打者ひとりひとりの癖を克明にノートに記していたこと。それを教えたのは村山だったこと。実は痛み止めを打って試合に望んでいたことなど。投手の「投げる」という行為は野球にとって機能ではなく、勝負だったのだと読みながら感動した。

今の野球が面白くないと云うのは容易いが、当時の野球とはあきらかに内容が違う。命を削って闘っていた時代とは。

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