市井に埋もれる

「西行」を読んでいて、父を早くに亡くした彼を薫陶したのは祖父清経だっただろうという記述を見つけた。~稀代の数寄者であるという以外に、何の業績も残さず、経歴もはっきりしない。もともと教育者には不向きな人間で、ろくなことは教えなかったと思うが、ただひとつ「数寄」の心だけは、たとえ教えなくてもその暮らしぶりを見るだけで、白紙の子供心に強烈な印象を残したであろう。~ 白洲正子の視点が面白いし、これは莊子だなとも思った。数寄を旨として何の業績も残さず市井に埋もれる。それでいいのだな。

…ただ教えることはできないが。

久しぶりにミシガンを見る

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